目次

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こんにちはー(。-_-。)

時差式日記、続いては4日の出来事...。今現在はハンガリーのブタペストです。だんだん体調回復してきました。

この日、というか正確には前夜から、私はプラハからポーランドのクラクフへ夜行バスで移動しておりました。

はじめのうちは、大変快適な移動でございました。座席には空きがあり、ゆったりとスペースを保つことができます。

また、コンセントも確保されており、スマホを充電することができます。

さらに、WiFiもついており、移動中に調べ物が可能です。

私は、丸一日プラハを観光したことによりすっかり無くなっていたスマホの充電をしながら、友人とLINEなどをしておりました。

ところが、まだ日付も変わらないうちに、急に、電源の供給がストップしたのです。再びコードを挿し直しても、うんともすんともいいません。

この時充電はまだ50%ほど。

翌日の予定を考えると、とても持ちそうにありませんでした。

そこで私は、席が空いているのをいいとこに、一つ前の座席に移動して挿し直してみたり、あれこれと試してみました。

しかしながら、一向に復活しない電源...(。-_-。)

そのうちに、私は充電をあきらめ、おとなしく寝ることにしました。

...。

そして数時間後。

ふと目をさまし、なんとなく、再度充電を試みようと、荷物に手をかけます。

が。

いくら探しても、マルチ変換プラグが見つからないではありませんか(。-_-。)

一体なぜ...?きちんとしまったと思ったのに...!!!

ええと、マルチ変換プラグとは、海外ではコンセントの形状が日本と違うケースが多々あり、そのままでは日本の電化製品のプラグと差込口の形状があわず、使えないのですね。

そのため、世界一周旅行者は、各国のプラグに対応できるマルチ変換プラグを持ち歩いているのです。

で、この大事な大事なプラグをですね。

何故か、長距離バス車内で紛失してしまった、と...(。-_-。)

...。

...( ;´Д`)

イヤイヤイヤ!!!

マズイよマズイよ!!!!これはかなり、死活問題ですよ!!!

私は必死に、乗客の皆さんの安眠を妨害しなき程度に、至る所を探してみましたが、見つかりません。

たしかにね、

なんだかこの差込口、ゆるい気がしてました。

走行中、バスの揺れで何度も充電器が外れました。

きっとプラグを差しっぱにして回収し忘れ、それがバスの揺れで外れてどこかにいってしまったのではあるまいか。

もしかしたら、落し物として届けられているかもしれないとも思い、私な最前列の運転手さんたちの元へ。

が、ないと言われてしまう...(T_T)

ちなみにその時、座席備え付けのモニターにもUSB差込口が付いていることを教えてもらいました。

もっと早く気がついていれば...(T_T)最初からこちらを利用していれば...(T_T)

というわけで、充電は70%近くまで完了したものの、結局、マルチプラグはここで紛失してしまいましたヽ(;▽;)ノ

朝6時40分頃、予定より早くクラクフに到着...(。-_-。)途方にくれながらも、クラクフ滞在は1日しかないため、早速動きます。

ええ、クラクフに来た目的はただ一つ。的を絞っております。

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アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所に行くのです。

ついにきちゃった。この旅でも数少ない負の遺産。

しかしながら今回、一つ問題があります。

それは、アウシュビッツへの初動が遅れたため、チケットのWEB予約ができなかったこと...(。-_-。)行きたい日の4日以上先からしかなかった...。

これは、完全にミスりました。

実は、アウシュビッツは、10時から15時の間は、事前予約をしている人のみ入場が出来るのです。事前予約必須!!!

しかししかし、まだ望みはあります。

8時から10時、および15時以降は、事前予約なし、つまり、ツアー参加なしのフリーチケット(無料)でも入場が可能です。

アウシュビッツという場所ですから、せっかくならガイド付きのツアーに参加するのが理想ですが、これは致し方ありません。

早めに行って、フリーチケットで入場するっきゃないヽ(;▽;)ノ

ということで、アウシュビッツのあるオシフィエンチムまで、片道1時間半が見込まれるので、早速今から、ホテルに行くよりも先に、可及的速やかに、まずは向かいます!!

クラクフのインターナショナルバスターミナルは鉄道駅に隣り合っていたので、駅のクロークに荷物を預け、現地通貨を用意し、早速オシフィエンチム行きのバスを探します。無事バスを見つけ、発車したのは7時25分。

ふぅ、間に合いそうだ...(。-_-。)

ちなみに発車ギリギリにチケットを買い、乗り込んだため、座席はすでに埋まっており、通路に座っての移動でした(´・_・`)車窓なんにも見えない。まさかヨーロッパでそんな事をするとはね...!

そして8時45分、無事、アウシュビッツのミュージアム1に到着!!さぁ早速観光を...!!!

...。

ハンパない長蛇の列ですヽ(;▽;)ノ

え、これみんな、当日券の方々...???

...。

ほんとねー、

オンシーズンのヨーロッパを舐めたらいかんですよヽ(;▽;)ノ

結局、かんかん照りの中、列に並ぶ事約3時間

チケットを入手したのは12時前でした。入場は16時以降だと言われましたヽ(;▽;)ノ

時間を持て余す事、約4時間。夜行明けにコレか...!!!

とりあえず日本語ガイドブックを購入し、併設されているレストランでしょぼいスパゲッティを頂きつつ、ガイドブックを読んで予習。

うとうとしつつ、14時過ぎまで粘り、もう限界、とうところでミュージアム前の芝生に移動。

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日陰がいっぱいなので休むのにちょうどいいです。

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ウズベキの仲間、ふゆちゃんに地獄の門用にもらったレジャーシートがここに来て大変役に立っております。時間まで、横になって休みました。

そしてあと15分ほど、というところで、入り口に向かいます。

ちなみにアウシュビッツは、荷物の持ち込み制限があります。大きさが限定されるので、大きな荷物を持っている場合はクロークに預ける必要があります。私は注意書きを見つつ、これなら制限内に間に合っていると思い、そのまま入場しました。

...ところが。

セキュリティゲート前で呼び止められ、荷物が大きすぎると(。-_-。)

...マジすか!?

ちょっと厳しすぎやしませんか...そうですか。

仕方がないのでいったん出てクロークへ。

ああ、痛い出費(。-_-。)

そうしてもう一度入り口に向かうと、

またもやそこには長蛇の列が出来上がっていましたヽ(;▽;)ノえー!ちょっと出たすきにもうこんな!?

そんなこんなで20分ほどのタイムロス(。-_-。)このままじゃどんどん帰りの時間が遅くなるので、さっさと中を見ますよ!(ガイドブック予習しておいてよかった...!)

いろいろあったのですが、全部は紹介しきれないので、一部を抜粋。

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非常に分かりにくいですが例の有名なアレ。働けば自由になれるという意味のこの門を毎日通り、作業に当たった被収容者たち。Bの向きをあえて逆にしているのは有名ですよね。

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ミュージアム1の各バラックの中はそれぞれ展示スペースになっています。その一つ。アウシュビッツにはポーランドのみならず欧州各地から被収容者が集められました。

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ガス室で使われた使用済みの薬物の缶。

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被収容者たちの私物。

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被収容者たちの靴。

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被収容者たちは逮捕の理由によって様々な色の三角印で識別されました。

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各展示室の廊下には被収容者たちの写真が並べられています。それぞれに没年が記されています。

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満足な食料が与えられず、やせ細った女性の写真。

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その食事のサンプルも展示されています。

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子供達の写真とその私物。

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藁が敷かれただけの寝床。

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その後は藁蒲団が使用されたそうですが、生活条件は相変わらずひどく、40〜50名でいっぱいのところに約200人の被収容者が寝たそうです。

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その後導入された三段ベッドも、生活条件を改善することはありませんでした。一段に二人で寝ることが多かったからだそうです。

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トイレと

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洗い場。

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有名な死の壁です。

この壁でSS隊員は数千人もの主にポーランド人を銃殺したそうです。

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公開処刑が行われた集団絞首台。

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クレマトリウム(ガス室と焼却炉)。

中にも入ることができましたが、写真は撮っていません。ガス室の壁は、まるで苦しみもがいて手で引っ掻いたかのような跡が残っています。

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被収容者たちのいるエリアは二重の鉄線で外部と仕切られています。

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そして、ミュージアム1からミュージアム2、つまりビルケナウへ、無料のシャトルバスで移動しました。

(ちなみにビルケナウは16時を待たなくとも入れたようです(´・_・`)しまった...。てっきり共通チケットだと思っていた...!!!)

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ビルケナウの方が、より広大な敷地です。ここではイスラエルの高校生達が自国の旗をもって記念撮影しているところに出くわしました。ユダヤ人の独立国家、イスラエル。修学旅行でしょうか...。アウシュビッツでも正統派ユダヤ人の方々(黒い服とハットにヒゲともみあげが特徴の方々)を見かけたし、やはり同胞の迫害の歴史を見に来ているのですね...。

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アウシュビッツが博物館として使われているのに対し、ビルケナウはほぼそのままの状態で見学ができます。

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女性と子供のバラック。

時間的なものでしょうか。ビルケナウを訪れた時、広大な敷地に対しほとんど人がいませんでした。そのため、この女性と子供のバラックに入った時、私一人で独占している状態でした。

入った瞬間の、なんとも言えない不気味さ、重苦しい空気。

一人でその場に入るのが躊躇われるような迫力を感じました。

私は中に踏み込むことができず、すぐに外に出ました。

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ビルケナウはまさに被収容者が死に向かう場所、入っては戻れない場所と言います。明るいうちに見るその場所は、今となっては緑の芝生が映え、かつての殺伐とした空気も薄れているかのようです。でも確かにそれはここであったのですね。

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アウシュビッツ=ビルケナウを見て感じたことについて、あえてここでくどくど書いたりしません。だいたいみんな分かるでしょうし(。-_-。)負の遺産、イスラエルのあとだからこそ、見ておいて良かったと言えます。

ちなみにビルケナウを散策している間、カーディガンを落とすわ、あいぽんを落とすわ、私の私物管理能力は底辺まで落ち込みました。

全てすぐに気がつきことなきを得たのですが、マルチプラグのあとにこれ...(。-_-。)

なんだろう、自分のせいとはいえなんだか嫌な空気...。

とにかく、ビルケナウを見終えて、シャトルバスでアウシュビッツに戻ったのは19時過ぎでした。

そこで預けていた荷物を回収し、大急ぎでバス停に向かいますが...。

小さく、バスの自国について19時55分と張り出されているように見えるんですけど、英語表記がなく、いまいち不安。地元の人も見かけないし...。

とにかく30分以上そこで待ってみることに。

はぁ、予定通りバスが来たとして、クラクフに着くのは21時すぎ、ホテルに行けるのは22時くらいだろうな...(。-_-。)

なんて思っていると。

バスが、いつまでたっても来ないじゃありませんかヽ(;▽;)ノ

通りすがりのタクシー運転手達が、バスはもうないよ、的なことを言ってきますヽ(;▽;)ノ

結局20時10分くらいまで待っても来ないので、その場で待っていた面々はざわざわ...。とにかく、ここから1キロほど離れたオシフィエンチムの駅まで行ってみることにしました。

頼む。バスよあってくれ...(。-_-。)

オシフィエンチム駅に着くと、ロータリーにそれらしきバスが...。が、行き先表示はどうやらクラクフとは別、そのまま発車してしまいました。

他にバスは見当たらない...。

駅の窓口も閉まっており、同じ境遇の多国籍なメンバーで、とりあえず駅のホームに行ってみます。

そこで案内板にあった時刻表を見ると、おお、21時半にクラクフ行きの電車があるっぽい!(でも着くのは何時なんだろ(。-_-。))

チケットも車内で買えるらしいし、そのまま電車の到着を待つ一同。

が、しばらくすると、地元の人らしいおばちゃんが、ポーランド語で電車はないわよ!的なことを言ってきました。

え...ヽ(;▽;)ノ

次の電車は夜中の3時すぎ...!?

無理無理無理無理無理!!!

仕方なく、その場に集ったみんなでタクシーをシェアすることにしました。相場は一台250ズヴォティ。バスなら12なのにね...ヽ(;▽;)ノ

この時点ですでに21時すぎ。

ああ、まだチェックインもしていないのに、どんどん遅くなってしまう...(T_T)

車内ではグロリア・ゲイナーの懐メロ、I will surviveが流れてました。失恋から立ち直る歌なんですけどね、今の私の気分にも微妙にマッチしててちょっとクスッとした。

ちなみにとっとと着いてほしいタクシーですが、途中、運転手だけがシートベルトをしていなかったためなのか、ポリスに止められしばらく足止めを食いました。

ちょ、ふざけんなヽ(;▽;)ノ

その上解放後も彼はシートベルトをつけてなかった。結局何が原因だったのかな。スピードかな(。-_-。)

そして22時すぎ、クラクフに到着。駅から離れたところで降ろされたため、私は預けていた荷物を取るため、1キロ以上離れた駅まで歩かねばなりません。

すでにこの町に2泊しているというブラジル人があれこれ世話を焼いてくれたり、地元のおばちゃんがここからが近いわよ!と鉄道駅までの地下通路を示してくれたり、いろいろな助けがあって無事に駅に着きましたが...。

クロークは22時で終了でしたヽ(;▽;)ノ無駄足!荷物回収ならず、そして着替えもシャンプーもないヽ(;▽;)ノ※私はこの日夜行明けなのですでに2日同じ服だし2日間ともフルで観光しています。

でもシャンプーはちょうどもうすぐきれるところだったので、途中で買い足し、少ない荷物でホテルに向かうも...。

ホテル方面のトラムが終わっているヽ(;▽;)ノ

ああ、バスはどれにのりゃあいいのかわけがわからんし、もうね、歩くしかない...。

ホテルまで、人通りの多そうな広場を通り抜ける大回りルートで2キロ以上。

私は歩きました(。-_-。)(こうなると荷物少なくて良かった)

歩きながら私は思っていました。

どうかバスタオルの貸し出しがありますようにヽ(;▽;)ノ号泣

ホテルは入り口がさっぱりわからないところにありました。一階でインターホンを鳴らし、中に入ると、すでに他の宿泊客は寝ているところでした(早っヽ(;▽;)ノヨーロッパなのに!!他の町では大抵みんな朝帰り)

スタッフのお姉さんは大変愛想が良く癒されましたし、ホテルはとても綺麗でお菓子なんかも置いてありました。

夕飯を食いっぱぐれたのでクッキーをつまむ...(T_T)

そしてお姉さんがバスタオルはベッドの上にあるわよと教えてくれました。良かった...。これでどうにかシャワーは浴びれるようだヽ(;▽;)ノ

さらになにか用はあるかと聞かれたので、私はすかさず

「実はバスで電源プラグをなくしてしまって、スマホの充電ができないのです。どうか充電器を貸してくれませんか」

とお願いしてみたところ、

お姉さんは寝ている韓国人宿泊客を起こして充電器を貸してくれたヽ(;▽;)ノす、すみませんすみません、ほんとーにすみません(T_T)手土産の一つも持ってこないで...!

というわけでこの日1日、なんとか気合いで乗り切りました。

ここのホテル、シャワーはとても熱くてサイコーだった。小さくてアットホームだし、急いでハンガリーに行かずもう一泊クラクフにいられれば良かったですよ...!(そしたらシンドラーの工場にも行けたな...)

裏目裏目に出はじめた私の旅、この後ハンガリーでまさかの4泊足止めを食います。

アクセス失敗レスポンスの形が不正